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序章

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キプロス島の王ピグマリオンは、現実の女性に失望し、自らの手で彫った象牙の彫刻でできた理想の女性像を作り上げました。王はいつしか、ガラテアと名付けたその女性像を愛するようになり、彼女のために食事まで用意し、恋焦がれました。王は毎日、毎日、女性像に愛の言葉を語り続け、やがて彼女を人間にして欲しいと願うようになりました。そして、片時もその傍らを離れようとしなくなりました。衰弱していく王の様を見て哀れに思った女神アフロディテは王の願いを叶え、女性像を人間に変化させ、王はガラテアを妻に娶りました。――――オウィディウス『転身物語』よりキプロス島の王ピグマリオンは、現実の女性に失望し、自らの手で彫った象牙でできた理想の女性像を作り上げました。王はいつしか、ガラテアと名付けたその女性像を愛するようになり、彼女のために食事まで用意し、恋焦がれました。王は毎日、毎日、女性像に愛の言葉を語り続け、やがて彼女を人間にして欲しいと願うようになりました。そして、片時もその傍らを離れようとしなくなりました。衰弱していく王の様を見て哀れに思った女神アフロディテは王の願いを叶え、女性像を人間に変化させ、王はガラテアを妻に娶りました。――――オウィディウス『転身物語』より 二十一世紀に二百余りあった独立国家は、アメリカ合衆国を盟主とする環太平洋州連合、かつて北大西洋条約機構に加盟していたユーロ圏を中心とするヨーロッパ・アフリカ統合連盟、ロシア連邦を盟主とするユーラシア連邦という三つの巨大国家に統合された。しかし、三国間の外交上の対立はますます深まるばかりであり、偶発的な軍事衝突に端を発する小競り合いは後を絶たなかった。二十一世紀に二百余りあった独立国家は、アメリカ合衆国を盟主とする環太平洋州連合、かつて北大西洋条約機構に加盟していたユーロ圏諸国を中心とするヨーロッパ・アフリカ統合連盟、ロシア連邦を盟主とするユーラシア連邦という三つの巨大国家に統合された。しかし、三国間の外交上の対立はますます深まるばかりであり、偶発的な軍事衝突に端を発する小競り合いは後を絶たなかった。当初は、月を含む宇宙に戦力を配置してはならないという「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」、通称「宇宙条約」を破棄したうえで旧国家が保有していた宇宙戦力を寄せ集めただけの急造軍隊だったが、やがてこの軍隊は人類史上最大かつ最強の軍隊にまで増強され、宇宙での紛争に限らず地球上で起こっている紛争にも絶対的な力を持って介入し、鎮圧にあたった。当初は、月を含む宇宙に戦力を配置してはならないという「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」、通称「宇宙条約」を破棄したうえで旧国家が保有していた宇宙戦力を寄せ集めただけの急造軍隊だった。やがてそれは人類史上最大かつ最強の軍隊にまで増強され、宇宙での紛争に限らず地球上で起こっている紛争にも絶対的な力を持って介入し、鎮圧にあたった。GUSFは、最高司令官として統合政府議長を頂き、GUSF元帥によって統括されている。GUSFの参謀本部は統合政府と同じかつてのアメリカ合衆国領ワシントンD.C.、現在は北アメリカ州東アメリカ区アース・ネイブルと呼ばれる、言わば世界の首都に置かれている。現在のGUSFは、地球の衛星軌道上にある四つの宇宙機動要塞、四基の無人機動衛星及び無数の監視衛星、八個の主力宇宙艦隊、並びに拠点制圧のための陸戦隊で構成されている。GUSFは、最高司令官として統合政府議長を頂き、GUSF元帥によって統括されている。GUSFの参謀本部は統合政府と同じかつてのアメリカ合衆国領ワシントンDC、現在は北アメリカ州東アメリカ区アース・ネイブルと呼ばれる、言わば世界の首都に置かれている。現在のGUSFは、地球の衛星軌道上にある四つの宇宙機動要塞、四基の無人機動衛星及び無数の監視衛星、八個の主力宇宙艦隊、並びに拠点制圧のための陸戦隊で構成されている。一見、GUSFによって地球の治安は守られているかに見える。しかし、地球あるいは地球圏のどこかで起こった小さなひずみはやがて大きな歪みへと成長する。そして、つい三年前に「バグダッド内乱」と呼ばれる内戦が起こったばかりである。再び多くの血が流された。統合政府はこれに対して政治的な措置と平行してGUSFの軍備拡大を決定、GUSFはさらに大きく、強大な力へと成長していくのだった。一見、GUSFによって地球の治安は守られているかに見える。しかし、地球あるいは地球圏のどこかで起こった小さなひずみはやがて大きな歪みへと成長する。そして、つい三年前に「西アジア内乱」と呼ばれる内戦が起こったばかりである。再び多くの血が流された。統合政府はこれに対して政治的な措置と平行してGUSFの軍備拡大を決定、GUSFはさらに大きく、強大な力へと成長していくのだった。その日、地球上の地球統合政府のあるアース・ネイブルからGUSFが誇る巨大宇宙要塞「ボレアス」へ向かう定期便の往還輸送機はごったがえしていた。   その日、地球上の地球統合政府のあるアース・ネイブルからGUSFが誇る巨大宇宙要塞《ボレアス》へ向かう定期便の往還輸送機はごったがえしていた。「八本腕の魔神」の異名をとる要塞ボレアスは戦略上極めて重要な施設であるため、軍に所属している者でも容易に近付くことのできない第一級軍事機密地域だ。したがって、ボレアスに向かう連絡往還輸送機に乗船している人数はいつもたかが知れたもののはずであった。『八本腕の魔神』の異名をとる要塞ボレアスは戦略上極めて重要な施設であるため、軍に所属している者でも容易に近づくことのできない第一級軍事機密地域である。したがって、ボレアスに向かう連絡往還輸送機に乗船している人数はいつもたかが知れたもののはずであった。『本日付けをもって、ベルンハルト・ヴェルンヘア・ヴァイス少尉にF/A-26ドラグーンの正規パイロットとして新造空母フォーマルハウトへの乗艦を命じる』『本日付けをもって、ベルンハルト・ヴェルンヘア・ヴァイス少尉にF/A-26ドラグーンの正規パイロットとして新造空母フォーマルハウトへの乗艦を命じる』――戦闘航宙機操縦士養成課程。宇宙を飛行する航空機様の機体を総称して航宙機と呼ぶが、それを特に戦闘用に使用するもののパイロットになるための登竜門である。同じ宇宙を飛行するものであっても、より大きな宇宙艦艇の航行や宇宙要塞の運用に携わる者の養成課程は別にあり、GUSFに数多くある隊員養成課程の中でも最も厳しく、そして内外の羨望を集める花形であることで知られている。――戦闘航宙機操縦士養成課程。宇宙を飛行する航空機様の機体を総称して航宙機と呼ぶが、それを特に戦闘用に使用するもののパイロットになるための登竜門である。同じ宇宙を飛行するものであっても、より大型の宇宙艦艇の航行や宇宙要塞の運用に携わる者の養成課程は別にあり、GUSFに数多くある隊員養成課程の中でも最も厳しく、そして内外の羨望を集める花形であることで知られている。戦闘航宙機操縦士養成課程はGUSFへの入隊志願者のうち希望者だけでも競争率二十倍を超える狭き門である。二十世紀に航空機の開発競争が行われた時、その速度は最大でも音速の三倍程度だったとされるから、空気抵抗のない宇宙空間で、それを遥かに超える速度の世界へ飛び込むためには、肉体的な強靭さはもとより、誰の助けも借りずにたった一人で、どんな状況においても広大な宇宙で航宙機を的確に操縦できる精神的な柔軟性をも求められる。希望者の大半は健康診断や体力測定、潜在的又は先天的に不適格な要素がないかの適正検査の時点で振るいにかけられ、不合格の者は他の課程へ進む道を選ぶか、GUSFへの入隊そのものを諦める結果になる。戦闘航宙機操縦士養成課程はGUSFへの入隊志願者のうち希望者だけでも競争率二十倍を超える狭き門である。二十世紀に航空機の開発競争が行われた時、その速度は最大でも音速の三倍程度だったとされる。空気抵抗のない宇宙空間で、それを遥かに超える速度の世界へ飛び込むためには、肉体的な強靭さはもとより、誰の助けも借りずにたった一人で、どんな状況においても動揺せず、広大な宇宙で航宙機を的確に操縦できる精神的柔軟性も求められる。ここまでは旧来からの宇宙飛行士と同様であるが、更には軍における地位をも要する。自己の判断で行動し、その責任を取り得る士官である必要があり、最低でも少尉でなければならない。希望者は基礎的学力検査、健康診断や体力測定の他、潜在的又は先天的に不適格な要素がないかの適性検査の時点で振るいにかけられ、不合格の者は他の課程へ進む道を選ぶか、GUSFへの入隊そのものを諦める結果になる。それらの検査に合格した者の中から更に成績上位の者から順に戦闘航宙機操縦士養成課程へ進むことを許されると同時に第一戦闘教導旅団所属となり、一律曹長に任官される。運良く養成課程に進むことができたとしても、候補生である間に他の兵科への転属を希望する者、つまり脱落者が多く出ることでも有名であり、無事に卒業することができ、少尉に任官された者はそれだけでも敬意に値するとして一般には通称「スペースクラフト・マスター」と呼ばれることもある。一般幹部候補生学校を卒業した者も同じように少尉に任官されるが、航宙機パイロットの少尉は別格と見られ、日本語では読みが同じことを利用して、俗に「翔尉」と書いて区別することがあるくらいだ。それらの検査に合格した者の中から更に成績上位の者から順に戦闘航宙機操縦士養成課程へ進むことを許されると同時に第一戦闘教導旅団所属となり、一律曹長に任官される。運良く養成課程に進むことができたとしても、候補生である間に他の兵科への転属を希望する者、つまり脱落者が多く出ることでも有名である。無事に卒業でき、少尉に任官された者はそれだけでも敬意に値するとして通称「スペースクラフト・マスター」と呼ばれることもある。一般士官学校を卒業した者も同じように少尉に任官されるが、航宙機パイロットの少尉は別格と見られる。日本語では読みが同じことを利用し、俗に「翔尉」と書いて区別するほどである。彼、ベルンハルト・ヴァイスも奇跡的に各種検査に合格し、三年間の課程のうち二年余りの過酷な訓練に耐えてきた。彼が養成課程に入ることを許された時、GUSFでの主力戦闘航宙機はハンターと呼ばれる機体であり、脱落しなければ彼もまたそのパイロットになるものと思っていた。しかし、卒業を間近に控えたある日、候補生達の間にある噂が飛び込んできた。それは、新型の戦闘航宙機が開発中であり、それがGUSFの次期主力戦闘航宙機になる、というものだった。その時は正式な名称は不明で、仮に「Xスペースクラフト」と呼ばれていた。その噂には、「先行試作機がたった一機で一瞬のうちに五隻の標的艦を撃沈した」という候補生達の関心を刺激するに余りある続きがあった。ハンターは優秀な機体だったが、ミサイルを除けば全て固定武装であり、単機で宇宙艦艇を撃沈できるほどの火力を備えてはいなかったため、艦艇を撃沈できるというだけでも驚異的とされたのだ。彼、ベルンハルト・ヴァイスも奇跡的に各種検査に合格し、三年間の課程のうち、二年余りの過酷な訓練に耐えてきた。彼が養成課程に入ることを許された時、GUSFでの主力戦闘航宙機はハンターと呼ばれる機体であり、脱落しなければ彼もまたそのパイロットになるものと思っていた。時間が経つごとに噂は確信的に語られるようになり、「現行のものでは考えられない程の高性能の火器管制システムを搭載しており、現行のありとあらゆる武装はおろか、GUSFで初めて実用化する新武装をも搭載できる」という、もはや口伝のうちに尾ひれが付き、誇張されたか眉唾としか思えないような噂も立った。更には、先行試作機に搭乗していたテスト・パイロットが「バグダッド内乱の英雄」と名高い女性パイロット、マーリオン・ボルン大尉だったという情報も追加され、新型戦闘航宙機の部隊が新たに編成されるとすれば、彼女が隊長になるのだろう、ともっぱらの噂だった。しかし、卒業を間近に控えたある日、候補生達の間にある噂が飛び込んできた。それは、新型の戦闘航宙機が開発中であり、それがGUSFの次期主力戦闘航宙機になる、というものだった。その時は正式な名称は不明で、仮に「スペースクラフト・ファイターX」略して「ScF-X」と呼ばれていた。その噂には、「先行試作機がたった一機で一瞬のうちに五隻の標的艦を撃沈した」という候補生達の好奇心を刺激するに余りある続きがあった。ハンターは優秀な機体だったが、ミサイルを除けば全て固定武装であり、単機で宇宙艦艇を撃沈できるほどの火力を備えてはいなかったため、艦艇を撃沈できるというだけでも驚異的とされたのだ。ベルンハルトもそれらの噂を耳にして無関心ではいられなかったが、日を追うごとに高まる周囲の関心に引きずられるように、その新型戦闘航宙機の開発元が著名な航宙機製造企業マクレイン・エアロスペース社であることや、GUSF制式記号「F/A-26」が与えられたこと、「ドラグーン」という名称が与えられたこと、原型機が十五機製造されたことを知った。時間が経つごとに噂は確信的に語られるようになり、「現行のものでは考えられない程の高性能の火器管制システムを搭載しており、現行のありとあらゆる武装はおろか、GUSFで初めて実用化する新武装をも搭載できる」という噂も立った。もはや口伝のうちに尾ひれが付き、希望的観測から来る盛大な誇張か眉唾物としか思えなかった。マーリオン・ボルン大尉のことは彼もよく知っていた。地球圏規模で放映される衛星放送の情報番組に組まれた特集のインタビューに何度となく現れた人物であったし、その物腰の柔らかさと英雄と呼ばれていることを少しも鼻にかけない応答に好感を持った。また、その美貌や美声でも電子ネットワーク上の話題を賑わし、「麗しすぎるパイロット」とさえ言われ、それもマスメディアへの露出を増やしている要因になっていることも知っていた。更には、先行試作機に搭乗していたテスト・パイロットが「西アジア内乱の英雄」と名高い女性パイロット、マーリオン・ボルン大尉だったという情報も追加され、新型戦闘航宙機の部隊が新たに編成されるとすれば、彼女が隊長になるのだろう、ともっぱらの噂だった。ついに、新型戦闘航宙機ドラグーンのパイロット候補には新人である養成課程のパイロット候補生も例外ではない、との情報が候補生の間に流れると、ドラグーンのパイロットに選ばれることはすなわち、誰もが憧れる存在であるボルン大尉の部下になることと同義と解釈された。ベルンハルトもそれらの噂を耳にして無関心ではいられなかったが、日を追うごとに高まる周囲の期待と関心に引きずられるように、その新型戦闘航宙機の開発元が著名な航宙機製造企業マクレイン・エアロスペース社であることや、GUSF制式記号「F/A-26」が与えられたこと、「ドラグーン」という名称が与えられたこと、原型機が十五機製造されたことを知った。候補生達はドラグーンのパイロット候補に例外なし、と知るや否や、それまで教官の鬼のしごきに耐える仲間と見ていたはずの自分以外の候補生をライバル視し始めた。百数十人の候補生のうち、ドラグーンのパイロットに選ばれるのはボルン大尉を除くとどんなに多くても十四人しかいないのだから当然のことと言えた。候補に例外なし、ということは、現役のパイロットも当然含まれるため、候補生から選ばれるのは多くても一人か二人だろうという観測が大勢を占めていた。マーリオン・ボルン大尉のことは彼もよく知っていた。地球圏規模で放映される衛星放送の情報番組に組まれた特集のインタビューに幾度となく現れた人物であったし、その物腰の柔らかさと英雄と呼ばれていることを少しも鼻にかけない応答に好感を持った。また、電子ネットワークでは「麗しすぎるパイロット」とさえ言われ、その美貌や美声もマスメディアへの露出を増やしている要因になっていることも知っていた。 ついに、新型戦闘航宙機ドラグーンのパイロット候補には新人である養成課程のパイロット候補生も例外ではない、との新報が候補生の間に流れると、ドラグーンのパイロットに選ばれることはすなわち、誰もが憧れる存在であるボルン大尉の部下になることと同義と解釈された。 候補生達はドラグーンのパイロット候補に例外なし、と知るや否や、それまで教官の鬼のしごきに耐える仲間と見ていたはずの自分以外の候補生をライバル視し始めた。百数十人の候補生のうち、ドラグーンのパイロットに選ばれるのはボルン大尉を除くとどんなに多くても十四人しかいないのだから当然のことと言えた。候補に例外なし、ということは、現役パイロットも当然含まれるため、候補生から選ばれるのは一人か、多くても二人だろうという観測が大勢を占めていた。ベルンハルトも必死に努力した。努力したつもりだった。しかし、いつになっても成績は中の上程度よりは良くならなかった。だから、まさかドラグーンのパイロットに選抜されることなど想像もしていなかったし、外れるのが判っている期待はすまいと関心のない振りをしていた。成績はフルネームを伴って逐一公表されるので、最後には成績が伸び悩んでいる者が自然に集まってきて、ベルンハルトの周囲で「ハンターも良い機体だ」と慰め合い出す始末だった。成績の順位は姓名を伴って逐一公表されるため、上位十四位の境界線前後の者達は一縷の望みに賭けて熾烈な競争を繰り返していたが、その一方で境界線に引っかかる気配もない者達との間の温度差は増すばかりだった。 ベルンハルトも必死に努力した。努力したつもりだった。しかし、いつになっても成績は中の上程度よりは良くならなかった。だから、まさかドラグーンのパイロットに選抜されることなど想像もしていなかったし、外れるのが判っている期待はすまいと関心のない振りをしていた。最後には成績が伸び悩んでいる者が自然に集まってきて、ベルンハルトの周囲で「ハンターも良い機体だ」と慰め合い出す始末だった。ところが、卒業まで一ヶ月を切ったある日、ベルンハルトは第一戦闘教導旅団の旅団長室に出頭を命じられた。一般の学校で言うところの校長室にあたる場所。教官室と同じく、候補生の無断での立ち入りが禁じられている場所のひとつだ。旅団長室に出頭となれば、よほど重要な話があると見て間違いない。なぜなら、候補生がどんなに悪さをしても直属の教官への出頭がせいぜいであり、仮に犯罪を犯して軍法会議の後、不名誉除隊を命じられる場合であっても旅団長室にまで呼び出されることはないからだ。逆に、表彰や叙勲されるとなれば旅団長室への呼び出しもありえたが、素行が悪くなくとも決して良くもないベルンハルトにとってはまったく思い当たる節がなかった。そもそも、候補生が候補生である間、旅団長である准将と直接話す機会など卒業まで一度もない。あるとすれば、卒業式で優秀な成績を修めた者数名が候補生を代表して少尉の階級章とウィング・マークの記章を着けてもらう時くらいだ。ところが、卒業まで一ヶ月を切ったある日、ベルンハルトは第一戦闘教導旅団の旅団長室に出頭を命じられた。一般の学校で言うところの校長室にあたる場所。教官室と同じく、候補生の無断での立ち入りが禁じられている場所のひとつ。旅団長室に出頭となれば、よほど重要な話があると見て間違いない。なぜなら、候補生がどんなに悪さをしても直属の教官への出頭がせいぜいであり、仮に罪を犯して軍法会議にかけられるか、罪を認める代わりに懲罰を免じられる一種の司法取引に応じて不名誉除隊を受け入れる場合であっても旅団長室にまで呼び出されることはないからだ。逆に、表彰や叙勲となれば旅団長室への呼び出しもありえたが、素行が悪くなくとも決して良くもないベルンハルトにとってはまったく思い当たる節がなかった。そもそも、候補生が候補生である間、旅団長である准将と直接話す機会など卒業まで一度もない。あるとすれば、卒業式で優秀な成績を修めた者数名が候補生を代表して少尉の階級章とウィング・マークの記章を着けてもらう時くらいだ。何を言われるのか緊張しながら敬礼するベルンハルトに旅団長は楽にするように言った。ベルンハルトが敬礼していた右手を体側に戻すと、旅団長とベルンハルト以外は誰もいない密室で書類もなく、口頭で静かに、そして厳かかつ単刀直入にこう告げられた。「ヴァイス候補生、君が新型機ドラグーンの専従パイロットに選抜された」と。そして、養成課程の卒業の日まで他の候補生を含め、家族にも口外無用と念を押された。何を言われるのか緊張しながら敬礼するベルンハルトに旅団長は楽にするように言った。ベルンハルトが敬礼していた右手を体側に戻すと、旅団長とベルンハルト以外は誰もいない密室で書類もなく、口頭で静かに、そして厳かかつ単刀直入にこう告げられた。「ヴァイス候補生、君が新型機ドラグーンの専従パイロットに選抜された」と。そして、養成課程の卒業の日まで他の候補生はおろか上官である教官も含めた軍関係者、家族に至るまで口外無用と念を押された。旅団長にしつこく何度も確認したが、その答えは決まって小声で「間違いない」だった。あまりにも何度も確認するので、最後には「機密事項を軽々しく口にするな」と旅団長から凄まれ、有無を言わせない鋭い視線で睨まれたくらいだ。ただ、ドラグーンのパイロットの発表は本人に直接伝達されるのみで、候補生からベルンハルト以外に誰が選ばれたのか、何人選ばれたのかさえ軍事機密の一点張りでまったく教えてもらえなかった。旅団長に何度も確認したが、その答えは決まって小声で「間違いない」だった。あまりにもしつこく確認するので、最後には「機密事項を軽々しく口にするな」と旅団長から凄まれ、有無を言わせない鋭い視線で睨まれたくらいだ。ただ、ドラグーンのパイロットの発表は本人に直接伝達されるのみで、候補生からベルンハルト以外に誰が選ばれたのか、何人選ばれたのかさえ軍事機密の一点張りでまったく教えてもらえなかった。長いようで短かった養成課程での訓練の日々を思い出し、ボレアス行きの往還輸送機でベルンハルトは感慨に耽っていた。辛かった訓練の思い出ばかりだが、今となっては良い思い出のようにさえ思えた。それもこれも、無事にドラグーンのパイロットに選ばれたからに他ならないわけだが、ふと、ドラグーンのパイロットに選ばれなかった候補生の仲間達は今頃どうしているだろうか、などとかつての級友に思いを馳せてみた。きっと、自分を妬むどころかそれを通り越して恨んでいる者もいるかもしれない、との想像に行き当たることも当然のように思えた。少なくとも、養成課程での成績だけで言えば半数近くの候補生のほうが優秀だったのだから。長いようで短かった養成課程での訓練の日々を思い出し、ボレアス行きの往還輸送機でベルンハルトは感慨に耽っていた。辛かった訓練の思い出ばかりだが、今となっては良い思い出のようにさえ思えた。それもこれも、無事にドラグーンのパイロットに選ばれたからに他ならないわけだが、ふと、ドラグーンのパイロットに選ばれなかった候補生の仲間達は今頃どうしているだろうか、などとかつての級友に思いを馳せてみた。きっと、自分を妬むどころかそれを通り越して恨んでいる者もいるかもしれない、との想像に行き当たることも当然のように思えた。少なくとも、養成課程での成績だけで言えば半数近くの候補生の方が優秀だったのだから。往還輸送機のパイロットからのアナウンスがあって、過去から現在へと戻ってくるベルンハルト。通路側の席に座っていたベルンハルトは、隣の兵士の肩越しに往還輸送機の窓から漆黒の宇宙を見る。往還輸送機のパイロットからのアナウンスがあり、過去から現在へと戻ってくるベルンハルト。通路側の席に座っていたベルンハルトは、隣の兵士の肩越しに往還輸送機の窓から漆黒の宇宙を見る。十分もすると、眼下に広がる蒼い地球の向こう側に金属の光を帯びた巨大な姿が見えてくる。ボレアスだ。宇宙空間では遠近感が狂うため、正確な大きさは把握することができないが、それでも巨大であることは遠目に見ても分かる。十分もすると、眼下に広がる蒼い地球の向こう側に金属の光を帯びた巨大な姿が見えてくる。ボレアスだ。宇宙空間には大気がないため、遠くの物が霞んで見えるという現象が起こらず、鮮明に見えるために近くにあるように錯覚する。つい先ほどまで濃密な大気に包まれた地球にいたベルンハルトは遠近感が狂っていることを承知していても、正確な大きさは把握することができないとわかっていても、等間隔に並べられた灯火を見て巨大であることが分かる。地球の赤道上空の低軌道衛星軌道にはGUSFが保有する四つの宇宙機動要塞が浮かんでいる。地球を取り囲むようにほぼ九十度ごとにひとつずつ配置されており、それらにはギリシャ神話に登場するアネモイと呼ばれる東西南北の風を司る神の名前が付けられている。それぞれ東風を司るエウロス、西風のゼピュロス、南風のノトス、そして北風のボレアスと呼ばれる。その他に、下位のアネモイの名前からとったカイキアス、アペリオテス、スキロン及びリプスと呼ばれる無人の機動衛星も存在する。地球の赤道上空の低軌道衛星軌道にはGUSFが保有する四つの宇宙機動要塞が浮かんでいる。地球を取り囲むようにほぼ九十度ごとにひとつずつ配置されており、それらにはギリシャ神話に登場するアネモイと呼ばれる東西南北の風を司る神の名前が付けられている。それぞれ東風を司るエウロス、西風のゼピュロス、南風のノトス、そして北風のボレアスと呼ばれる。その他に、下位のアネモイの名前からとったカイキアス、アペリオテス、スキロン及びリプスと呼ばれる無人の機動攻撃衛星も存在する。その中で最大の宇宙機動要塞ボレアス。地球上空三六十キロメートルに浮かぶその巨体は、電磁カタパルト部を含めると最も長い部分で全長三十キロメートルにも及ぶ。夜間になると地上からでも太陽光を照り返す光を見ることができ、一般に普及している小さな天体望遠鏡があれば、はっきりとその姿を見ることができる。「八本腕の魔神」のあだ名に示されているように、ボレアスには八つのアルタイル級大型戦艦を収容することができるドックが存在する。また、それぞれの腕の両脇に二カ所ずつ、合計十六カ所の係留点を持ち、同時に十六隻の艦艇の応急修理及び補給を行うことができる。その中で最大の宇宙機動要塞ボレアス。地球上空三六十キロメートルに浮かぶその巨体は、電磁カタパルト部を含めると最も長い部分で全長三十キロメートルにも及ぶ。夜間になると地上からでも太陽光を照り返す光を見ることができ、一般に普及している小さな天体望遠鏡があれば、はっきりとその姿を見ることができる。「八本腕の魔神」のあだ名に示されているように、ボレアスにはアルタイル級大型戦艦を収容し、空気によって与圧したうえで作業員が宇宙服なしで整備することができる八つのドックが存在する。また、それぞれの腕の両脇に二カ所ずつ、合計十六カ所の係留点を持ち、同時に十六隻の艦艇の応急修理及び補給を行うことができる。正確な数字は明らかにされていないが、一万人を超すGUSF将兵と十個以上の航宙機部隊が配備され、一個艦隊に匹敵する強力な武装を持つとされている。正確な数字は明らかにされていないが、一万名を超すGUSF将兵と十個以上の航宙機部隊が配備され、一個艦隊に匹敵する強力な武装を持つとされている。 ボレアスに接近するために高度三六十キロメートルの軌道に往還輸送機が進入しようとする場合、目的地であるボレアス自身も秒速約七・五キロメートルで周回しているため、最初からその軌道に侵入してしまうと同じ速度になり、一向に追いつかない。地球の重力に引かれつつ周回している限り、追いつこうと加速すればするほど高度は下がってしまう。大気の抵抗を無視できると仮定した時、地球の表面すれすれを重力に引かれながらも地表に落着しないで進める速度である秒速約七・九キロメートル、すなわち第一宇宙速度が最大速度となる。ボレアスとの速度の差は秒速〇・四キロメートル以下とごくわずかであるため、より低い軌道で待機すると数日かかってしまう。軌道修正するための推進剤をほとんど積まない、無人の補給機であれば何ヶ月でもランデブーのタイミングを待てるが、有人の往還輸送機は搭乗員の生命を維持しなければならない都合上、それほど長くは待てない。まして、飛行時間を短くしようとしてボレアスの進行方向とは逆から接近しようとすれば、相対速度は秒速十五キロメートルにもなるためランデブーは不可能と言える。仮に実行したとしても、激突して粉々になるのは往還輸送機の方だ。 円形に近い軌道では物理的に逃れられない要因で目的地に近づくのが困難であるため、より高高度にある、高度三六十キロメートルをかすめるような楕円形の待機軌道に乗り、ボレアスに往還輸送機を一度追い越させてから軌道を修正しつつ加速し接近する。地上で言えば、水平に等速運動している目標に向かって、それよりも高速で上方に投射した物体を放物線の軌跡を描かせて衝突させるのに似ている。目的地が地球を一周してくるのを待つため、九十分ほどの短い旅だ。ベルンハルトは思わず呟く。そして、感極まったように一端ボレアスから目を離し、一度座り直して腰の位置を合わせると、往還輸送機の天井を見上げた。ベルンハルトは思わず呟く。そして、感極まったように一端ボレアスから目を離し、一度座り直して腰の位置を合わせると、与圧キャビンの天井を見上げた。彼は即座にシートベルトを外し、浮かび上がるようにして立ち上がる。そして、隣の席に座っている兵士に迷惑をかけながらその人物へと近づいていく。自分の目の前を通られて少なからず不満を感じる兵士だが、ベルンハルトの襟の階級章を見て、とりあえず文句は言わない。彼は即座にシートベルトを外し、浮かび上がるようにして立ち上がる。そして、隣の席に座っている兵士に迷惑をかけながらその人物へと近づいていく。自分の目の前を通られて少なからず不満を感じる兵士だが、ベルンハルトの上着の色と襟の階級章を見て、とりあえず文句は言わない。そして、彼はその人物の脇に近付く。念のため、襟の階級章を確認する。黒地に白の二本線、六角の金星はひとつだった。大尉は白の一本線に金星三つだから、それは、大尉からひとつ昇進して少佐になっていることを意味していた。ベルンハルトが近づこうとしている人物は真っ白な上着を着ている。白い上着は士官の証であり、通称ホワイト・ジャケットと呼ばれている。念のため、襟元の階級章を確認すると、黒地に白の二本線、六角形の金星はひとつだった。大尉は白の一本線に金星三つだから、それは、大尉からひとつ昇進して少佐になっていることを意味していた。ベルンハルトは、シートベルトを締めたまま座席で雑誌を読んでいるその人物に大きな声で声をかけた。周囲の人間は彼の大きな声に驚いて彼の方を見るが、すぐにまた隣の席の知人との会話に戻っていく。ベルンハルトは、シートベルトを締めたまま座席で雑誌を読んでいるその人物に大きな声で声をかけた。周囲の人間は彼の大きな声に驚いて彼の方を見るが、すぐにまた隣席の知人との会話に戻っていく。マーリオン・ボルンと呼ばれたその若い女性の士官は、彼の言葉に気が付いて雑誌が表示されたタブレット型携帯端末から目を離し、それを膝の上に置くとその上に手を組み、宙に浮かぶベルンハルトを見上げた。あまり驚いた様子はない。マーリオン・ボルンと呼ばれたその若い女性の士官は、彼の言葉に気が付いて雑誌が表示されたタブレット型携帯端末から目を離し、それを膝に置くとその上に手を組み、宙に浮かぶベルンハルトを見上げた。あまり驚いた様子はない。顔を上げた時、頬にかかっていた髪がさらりと耳の方へ流れ、ココアブラウンの瞳がベルンハルトの視線を真正面から受け止める。顔を上げた時、頬にかかっていた髪がさらりと耳の方へ流れ、ターコイズ・ブルーの瞳がベルンハルトの視線を真正面から受け止める。マーリオン・アマーリア・ボルン少佐。先のバグダッド内乱で英雄的な戦績を挙げたとして一躍有名になった人物。女だてらに、というそしりも決してなかったわけではなかったが、ベルンハルトは英雄としての彼女に純粋な憧れを抱いていた。マーリオン・アマーリア・ボルン少佐。先の西アジア内乱で英雄的な戦績を挙げたとして一躍有名になった人物。女だてらに、というそしりも決してなかったわけではなかったが、ベルンハルトは英雄としての彼女に純粋な憧れを抱いていた。「俺……、いや、私の名前などを覚えてくださっていて光栄です。少佐の部隊で働けることを光栄に思います」「俺……いや、私の名前などを覚えてくださっていて光栄です。少佐の部隊で働けることを光栄に思います」しかし、マーリオンと握手した手をぼんやりと恍惚の表情で見ているベルンハルトにはアナウンスが聞こえない。なかなか座席に戻ろうとしないベルンハルトに向かって、苦笑いしながらマーリオンはベルンハルトに言う。しかし、マーリオンと握手した手をぼんやりと恍惚の表情で見ているベルンハルトにはアナウンスが聞こえない。なかなか座席に戻ろうとしないベルンハルトに向かって苦笑いしながらマーリオンはベルンハルトに言う。ボレアスのゲートから往還輸送機を入港させるために宇宙へと伸ばされた細いガイド・レールに白色に輝く誘導灯がゆっくり灯っていく。往還輸送機はこれに従って、ゲートへと進入していく。ボレアスのゲートから往還輸送機を入港させるために宇宙へと伸ばされた細いガイド・レールに白色に輝く誘導灯がゆっくり灯っていく。往還輸送機はこれに従い、ゲートへと進入していく。その時、ゲートは目と鼻の先というところで、機内にけたたましい警報音が鳴り響いた。ゲートは目と鼻の先というその時、機内にけたたましい警報音が鳴り響いた。司令はそこまで言いかけたところで言葉を失った。「開始せよ」との言葉が続くものと思っていたオペレーター達は何事かと司令のほうを振り返った。彼らはそこで驚愕の光景を目にした。司令はそこまで言いかけたところで言葉を失った。「開始せよ」との言葉が続くものと思っていたオペレーター達は何事かと司令の方を振り返った。彼らはそこで驚愕の光景を目にした。中佐と呼ばれた副司令の男は、目に冷酷な光をたたえ、右手に持った拳銃の引き金を躊躇なく引いた。GUSFで制式採用されている銃火器は無重量空間での使用を前提として無反動化されており、作用反作用の法則による反動をできる限り生じないように設計されている。通常の拳銃を無重量空間で撃ったとしたら射手は反動でくるくると回転してしまうことになるだろう。弾丸がライフリングを通過する際に銃身に働く捻り方向の慣性力も無視できないため、命中精度に影響を及ぼす。中佐と呼ばれた副司令の男は、目に冷酷な光をたたえ、右手に持った拳銃の引き金を躊躇なく引いた。GUSFで制式採用されている銃火器は無重量空間及び微小重力環境での使用を前提として無反動化されており、作用反作用の法則による反動をできる限り生じないように設計されている。通常の拳銃を無重量空間で撃ったとしたら射手は反動で後ろ向きに回転してしまい、二発目を撃つこともままならなくなるだろう。弾丸がライフリングを通過する際に銃身に働く捻り方向の慣性力も無視できないため、命中精度や射撃後の姿勢に影響を及ぼす。 宇宙軍の制式採用銃火器は基本的に滑腔銃身であり、螺旋状の溝が切られていない。その代わり、弾丸の尾部に小さな翼のような加工が施されており、それが弾道の安定に寄与する。このような弾丸で弾道を安定させられるのは周囲に空気がある場合に限られるが、そもそも真空中での精密射撃は想定の範囲外である。また、薬莢に詰められた火薬を瞬間的に爆発させて弾丸を高速で弾き出すのではなく、無反動銃用弾丸はその内部に詰められた固体燃料を燃焼させて自力で推進する。自己推進でも十分な速度を得るために、弾丸は可能な限り軽量に造られている。つまり、弾丸は手のひらに収まるほどの超小型ロケット弾だとも言え、原理上薬莢も必要ないが、通常の弾薬よりも細く、長くなる傾向がある。オペレーター達から悲鳴があがる。何人かの士官が反逆者を仕留めようとほとんど反射的に腰に手を回して銃を抜き、副司令の中佐に向けて発砲した。その銃弾のうち一発は副司令の右肩に命中し、彼はその場に片膝をつくが、すぐに別の乾いた銃声が何度か響く。発砲したオペレーターは仲間だったはずの別のオペレーターに射殺されてしまっていた。誰かが押した緊急事態ボタンに呼応して異常事態を示す警報が鳴り始め、指令センターの全周にわたる三六十度ディスプレイに大きな?緊急事態?の赤い文字とそれを取り囲む黄色い帯が投影される。オペレーター達から悲鳴があがる。何人かの士官が反逆者を仕留めようとほとんど反射的に腰に手を回して銃を抜き、副司令の中佐に向けて発砲した。その銃弾のうち一発は副司令の右肩に命中し、彼はその場に片膝をつくが、すぐに別の乾いた銃声が何度か響く。発砲したオペレーターは仲間だったはずの別のオペレーターに射殺されてしまっていた。誰かが押した緊急事態ボタンに応じて警報が鳴り始め、指令センターの全周にわたる三六十度ディスプレイに大きな《緊急事態》の赤い文字とそれを取り囲む黄色い帯が投影される。そのまま、指令センターの状況は膠着状態に陥る。誰かが撃てば別の誰かがその者を撃ち殺す。誰の目にも明らかなそんな状況に、誰もが身動きを取れなくなった。そのまま、指令センターの状況は膠着状態に陥る。誰かが撃てば別の誰かがその者を撃ち殺す。誰の目にも明らかなそんな状況に身動きを取れなくなった。副司令の中佐は、撃たれた右肩を押さえつつも立ち上がり、警備兵達を背にして高らかに宣言した。副司令の中佐は、撃たれた右肩を押さえつつも立ち上がり、警備兵の一団を背にして高らかに宣言した。外に出ると、ゲート内も機内と同じように警報が鳴り響いており、往還輸送機が進入してきたゲートは既に閉じられているのが見えた。往還輸送機の翼は折れ、機首のほうが無残に潰れている。パイロットの生存は絶望的に思えた。そして、状況を把握しつつあるベルンハルトを時折わずかな揺れが襲う。攻撃を受けたのは往還輸送機だけではないようだ。ボレアスそのものが攻撃を受けているに違いない。外に出ると、ゲート内も機内と同じように警報が鳴り響いており、往還輸送機が進入してきたゲートは既に閉じられているのが見えた。往還輸送機の翼は折れ、機首方が無残に潰れている。パイロットの生存は絶望的に思えた。そして、状況を把握しつつあるベルンハルトを時折僅かな揺れが襲う。攻撃を受けたのは往還輸送機だけではないようだ。ボレアスそのものが攻撃を受けているに違いない。次々と往還輸送機から出てくる下士官兵たちに向かって、ベルンハルトは叫んだ。次々と往還輸送機から出てくる下士官兵達に向かい、ベルンハルトは叫んだ。ベルンハルトはそう答えながら腰の拳銃を抜き、遊底を引く。これで、安全装置を解除さえすればいつでも発砲できる。ベルンハルトはそう答えながら腰の拳銃を抜き、一度安全装置を解除してから遊底を引く。これで、薬室に初弾が装填された状態となり、セーフティ・レバーが下げられていればいつでも発砲できる。ベルンハルトに呼びかける者がいる。マーリオンだ。彼女は往還輸送機のハッチを出るとタラップのない場所からひらりと飛び降りる。その高さは建物の二階以上はあり、地球の重力下では下手をすれば怪我をしかねない。重力の弱いボレアスならではの芸当と言えた。そのまま彼女は軽やかにステップを踏みながらベルンハルトに向かって跳んでくる。ベルンハルトに呼びかける者がいる。マーリオンだ。彼女は往還輸送機のハッチを出るとタラップやエアステアといった階段のない場所からひらりと飛び降りる。その高さは建物の二階以上はあり、地球の重力下では下手をすれば怪我をしかねない。重力の弱いボレアスならではの芸当と言えた。そのまま彼女は軽やかにステップを踏みながらベルンハルトに向かって跳んでくる。ベルンハルトはマーリオンに銃を持っていないほうの手を伸ばし、彼女はその腕に掴まって勢いを殺す。ベルンハルトはマーリオンに銃を持っていない方の手を伸ばし、彼女はその腕に掴まって勢いを殺す。ベルンハルトはボレアスの構造をほとんど知らない。フォーマルハウトがいるはず、とは言ったものの、実際にはどこにあるのかははっきりとは判らなかったため、これから調べるつもりだった。敵を迎え撃つと啖呵を切ってみたものの、ベルンハルトはボレアスの構造をほとんど知らない。ベルンハルトは、近くを走り抜けていく伍長を引き留めようと声をかける。ベルンハルトは、近くを走り抜けていく下士官を引き留めようと声をかける。伍長は、非常に急いでいる風ではあったが、ベルンハルトの方を振り返って立ち止まった。伍長の階級章をつけた下士官は、非常に急いでいる風ではあったが、士官の証であるホワイト・ジャケットがすれ違いざまの視界に入ったようで、ベルンハルトの方を振り返り立ち止まった。「申し訳ありません、少尉。自分は任務中でありまして……」「申し訳ありません、少尉。自分は状況確認と伝令の任務中でありまして……」伍長に詰め寄るベルンハルト。しかし、伍長も非常事態でやや錯乱していて、どうして良いやらわからずに返答に困っている様子だ。伍長に詰め寄るベルンハルト。しかし、伍長も非常事態でやや錯乱しており、どうして良いかわからずに返答に困っている様子だ。ベルンハルトは、向こうからやってきた二人の男の階級章を見て、一人は大尉であることを見て、敬礼を施しつつマーリオンの邪魔にならないように横に退いた。ベルンハルトは、向こうからやってきた二人の男の階級章を見て、一人は大尉であることを確認すると、敬礼を施しつつマーリオンの邪魔にならないように横に退いた。「心配かけてすいません、マクスウェル大尉、それから……」「心配かけてすいません、マクスウェル大尉。それから……」グデーリアンと名乗った少尉とマーリオンはどうやら初対面のようだ。ベルンハルトは彼の顔をどこかで見たような気がしたが、思い出せない。グデーリアンと名乗った少尉とマーリオンはどうやら初対面のようだ。ベルンハルトは彼をどこかで見たような気がしたが、思い出せない。ベルンハルトの名前を聞いて、グデーリアン、アロイス・オットー・グデーリアン少尉は初めてベルンハルトの顔を見た。ベルンハルトの名前を聞き、グデーリアン、アロイス・オットー・グデーリアン少尉は初めてベルンハルトの顔を見た。「何故だ。何故、ボレアスは反撃しない!?」「なぜだ。なぜ、ボレアスは反撃しない!?」「は、はい……。こ……、紅茶の種類は……。さ、砂糖と、レモンと、ミルクは、ど、どうしますか……?」「は、はい……。こ……紅茶の種類は……。さ、砂糖と、レモンと、ミルクは、ど、どうしますか……?」今出ていっても沈められる。アレクシスもそれは分かっていた。しかし、敵はどこかで内部情報を入手し、明らかにこのフォーマルハウトの出航のタイミングを狙って攻撃してきているのは間違いない。ぐずぐずしていると、ボレアスが全面的に占拠され、このドックにも敵が流れ込んでくるだろう。そうなったら、フォーマルハウトも、フォーマルハウトが搭載している十五機の最新鋭戦闘航宙機F/A-26ドラグーンも敵に奪われてしまう。今出ていっても沈められる。アレクシスもそれは分かっていた。しかし、敵はどこかで内部情報を入手し、明らかにこのフォーマルハウトの出航のタイミングを狙って攻撃してきているのは間違いない。ぐずぐずしていると、ボレアスが全面的に占拠され、このドックにも敵が流れ込んでくるだろう。そうなったら、フォーマルハウトも、フォーマルハウトに搭載されている十五機の最新鋭戦闘航宙機F/A-26ドラグーンも敵に奪われてしまう。シルビアはエカテリーナの声を聞きながら先ほどよりも顔色を悪くして、震える手でシャオの喫茶を用意している。手から血の気が引いて真っ白になった指先に冷感さえ感じているため思うように手が動かず、なかなかはかどらない。茶葉の分量をうまく量れず、湯がトレーや彼女の制服に飛び散る。シルビアは、エカテリーナの声を聞きながら先ほどよりも顔色を悪くして震える手でシャオの喫茶を用意している。手から血の気が引いて真っ白になった指先に冷感さえ感じているため思うように手が動かず、なかなかはかどらない。茶葉の分量をうまく量れず、湯がトレーや彼女の制服に飛び散る。アレクシスはあっては欲しくないシナリオがその通りになっているのを否定するかのように叫び、最悪の報告に対して驚愕の表情を隠しきれない。彼は、艦隊の名前を聞いてその司令が誰であったか瞬時に思い出していた。もし反乱を起こしたのがその人物であるならば、それだけでも十分驚愕に値する。アレクシスはあっては欲しくないシナリオがその通りになっているのを否定するかのように叫び、最悪の報告に対して驚愕の表情を隠しきれない。彼は、艦隊の名前を聞いてその司令が誰であったかも瞬時に思い出していた。もし反乱を起こしたのがその人物であるならば、それだけでも十分驚愕に値する。「今、再び電文ありました! 読み上げます。『我が第三艦隊は奇襲を受け、劣勢にある。戦闘を続行できるのはごく短時間と思われる。援護ができるうちに貴艦の速やかな出航を要請する』とのことです!」「今、再び電文ありました! 読み上げます。『我が第三艦隊は奇襲を受け、劣勢にある。戦闘を継続できるのはごく短時間と思われる。援護ができるうちに貴艦の速やかな出航を要請する』とのことです!」第四ドックへと急ぐマーリオンをはじめとするフォーマルハウトの艦載機パイロット達。ゲートから最も近いドックとは言え、広大なボレアスの通路は長大だった。第四ドックへと急ぐマーリオンをはじめとするフォーマルハウトの艦載機パイロットの四名。ゲートから最も近いドックとは言え、広大なボレアスの通路は長大だった。祝福、の言葉でベルンハルトは思い出した。養成課程の卒業式の日、恒例の帽子投げが済んだ後、周囲の様子がおかしいことに気づいた。教官から厳命されたとおりに誰にも言わなかったのに、自分がドラグーンのパイロットに選抜されたことを知っていた大勢の候補生から手荒い祝福を受けたのは忘れたくても忘れようもない。その時、直立不動のまま視線だけで忌々しげにベルンハルトを射抜いていた視線もだ。ベルンハルトはひとつ勘違いをしていた。卒業の日まで他言無用ということは、卒業の日になったら明かしてもいいという意味だったのだ。彼がドラグーンのパイロットに選ばれたことを候補生達に気前良く教えたのは、他でもない教官である。祝福、の言葉でベルンハルトは思い出した。養成課程の卒業式の日、恒例の帽子投げが済んだ後、周囲の様子がおかしいことに気づいた。旅団長から厳命されたとおり誰にも言わなかったのにもかかわらず、自分がドラグーンのパイロットに選抜されたことを知っていた大勢の候補生から手荒い祝福を受けたのは忘れたくても忘れようもない。その時、直立不動のまま忌々しげにベルンハルトを射抜いていた視線もだ。ベルンハルトはひとつ勘違いをしていた。卒業の日まで他言無用ということは、卒業の日になったら明かしてもいいという意味だったのだ。彼がドラグーンのパイロットに選ばれたことを候補生達に気前良く教えたのは、他でもない教官達である。ベルンハルトは殊更怒ることはなかった。ここでやり返すこともなかった。何故なら、その時のアロイスは大笑いをしながらも、笑って出たのではない涙を流していたからだ。彼らの夢を無残に打ち壊して自分がドラグーンのパイロットに選ばれたのだから、あの程度のやっかみは仕方がないと思うしかなかった。ベルンハルトは殊更怒ることはなかった。ここでやり返すこともなかった。なぜなら、その時のアロイスは大笑いをしながらも、笑って出たのではない涙を流していたからだ。彼らの夢を無残に打ち壊して自分がドラグーンのパイロットに選ばれたのだから、あの程度のやっかみは仕方がないと思うしかなかった。「奇遇と思うか? まぁ、俺がフォーマルハウトに配属になったのは確かに偶然だが、大尉が俺をここに連れてきたのは偶然じゃないぜ」「奇遇と思うか? まぁ、俺がフォーマルハウト配属になったのは確かに偶然だが、大尉が俺をここに連れてきたのは偶然じゃないぜ」何のことを言っているのかわからず、得意げなアロイスの顔を見る怪訝そうな顔のベルンハルト。アロイスはベルンハルトの反応を見て満足そうに、何のことを言っているのかわからず、アロイスの得意げな顔を怪訝そうに見るベルンハルト。アロイスはベルンハルトの反応を見て満足そうに、と言いながら喉の奥で笑いを漏らす。ベルンハルトにはフォーマルハウトに何が待ち受けているのかまったく想像がつかず、なんとなく漠然とした不安が胸の中に湧き上がってきていた。と喉の奥で笑いを漏らす。ベルンハルトにはフォーマルハウトに何が待ち受けているのかまったく想像がつかず、漠然とした不安が胸中に湧き上がってきていた。そうこうしているうちに、第四ドックまであとわずかという標識が目に入る。しかし、ドックを目の前にしてその行く手を阻む者が現れた。そうこうしているうちに、第四ドックまであと僅かという標識が目に入る。しかし、ドックを目の前にしてその行く手を阻む者が現れた。「アホ言うな! 俺らはフォーマルハウトの乗組員やぞ!? 自分の船に帰るな言うんかいな!?」「アホ言うな! 俺らはフォーマルハウトの乗組員やで!? 自分の船に帰るな言うんかいな!?」「司令からの命令だ! 第四ドックには誰も近づけるなという! 立ち去らんと、この場で射殺する!」「司令からの命令だ! 第四ドックには誰も近づけるなと! 立ち去らんと、この場で射殺する!」全員、マーリオンを見ずに、警備兵のほうを見据えながら頷く。全員、マーリオンを見ずに、警備兵の方を見据えながら頷く。最後の言葉を切るアロイス。マーリオンは一瞬の間をおいて、拳銃を顔の前に持ち上げてその言葉を継ぐ。最後の言葉を切るアロイス。マーリオンは一瞬の間をおき、拳銃を顔の前に持ち上げてその言葉を継ぐ。再び第四ドックへの通路を走り出したベルンハルトの眼に、通路の丁字路に一人の兵士がいるのが見えた。その兵士は、立ったまま通路の壁に背中を預け、ベルンハルトから見て右手の通路からの銃撃をひとしきりやり過ごすと、壁の影から顔を出して自動拳銃を撃ち返す。再び銃撃の雨が始まるとまた通路の影に隠れる、という銃撃戦を繰り返している。再び第四ドックへの通路を走り出したベルンハルトの目に、通路の丁字路に一人の兵士がいるのが見えた。その兵士は、立ったまま通路の壁に背中を預け、ベルンハルトから見て右手の通路からの銃撃をひとしきりやり過ごすと、壁の影から顔を出して自動拳銃を二、三発撃ち返す。再び銃撃の雨が始まるとまた通路の影に隠れる、という銃撃戦を繰り返している。敵か味方かは判らないが、服装から言って男性士官であることだけは判る。加勢すべきなのか、排除すべきなのか決めあぐねていると、丁字路の正面方向、奥から別の兵士が音もなく現れた。明らかに壁に隠れている男性士官を狙っている。男性士官は右手からの銃撃に気をとられていて気づいた様子がない。敵か味方かは判らないが、ホワイト・ジャケットの上着から見て男性士官であることだけは判る。加勢すべきなのか、排除すべきなのか決めあぐねていると、丁字路の正面方向、奥から別の兵士が音もなく現れた。明らかに壁に隠れている男性士官を狙っている。男性士官は右手からの銃撃に気をとられていて自分が狙われていることに気づいた様子がない。「危ない!」「なにやってんだ! 伏せろっ!」床に倒れこむ二人のすぐ上を奥の兵士から放たれた銃弾が通過していく。発砲を見たマクシミリアンは奥の兵士に向かって自動拳銃の引き金を素早く三回引く。いずれの弾丸も命中し、呻き声をあげて倒れる兵士を確認すると、ベルンハルトは男性士官の肩を抱え起こした。床に倒れこむ二人のすぐ上を奥の兵士から放たれた銃弾が通過していく。 発砲を見たマクシミリアンは奥の兵士に向かって自動拳銃の引き金を素早く三回引く。いずれの弾丸も命中し、呻き声をあげて倒れる兵士を確認すると、ベルンハルトは男性士官の肩を抱え起こした。その時、ベルンハルトは僅かに違和感を感じた。手から伝わってくる感触は男の肩にしては細く、柔らかい。その時、ベルンハルトは僅かに違和感を感じた。手から伝わってくる感触は男の肩にしては細い。あまりに小さな声だったので、ベルンハルトは思わず耳に手を当てて聞き返す。あまりに小さな声だったため、ベルンハルトは思わず耳に手を当てて聞き返す。俯いたままの男性士官の大声に驚いてベルンハルトは慌てて手を離す。俯いたままの男性士官の大声に驚き、ベルンハルトは慌てて手を離す。改めて男性士官を見ると、ベルンハルトと同じ少尉の階級章をつけており、亜麻色の長い髪をひとつに束ねている。端整かつ中性的な顔立ちで、いわゆる美少年という形容がぴったりだった。改めて男性士官を見ると、ベルンハルトと同じ少尉の階級章をつけており、碧碧とした長い髪をひとつに束ねている。端整かつ中性的な顔立ちで、いわゆる美少年という形容がぴったりだった。そう手短に答えたユーリイと名乗る男性士官は、空になった弾倉と排出して腰の弾帯から予備の弾倉を取り出し、装填する。そう手短に答えたユーリイと名乗る男性士官は、空になった弾倉を排出して腰の弾帯から予備の弾倉を取り出し、装填する。「こんな時に笑っていられるなんて、随分余裕だね」「こんな時に笑っていられるなんて、君は随分余裕だね」精一杯強がって見せるが、自動拳銃を持つベルンハルトの右手は先ほどから細かく震えていた。左手で右腕の手首を掴んでその震えを抑えようとするが、本人の意思に関わらず右手の震えはおさまらない。その様子にユーリイも気づいていたが、自分も最初の一発を撃つまではそうだったことを思い出し、あえて指摘しないことにした。精一杯強がって見せるが、自動拳銃を持つベルンハルトの右手は先ほどから細かく震えていた。左手で右の手首を掴んでその震えを抑えようとするが、本人の意思に関わらず右手の震えはおさまらない。その様子にユーリイも気づいていたが、自分も最初の一発を撃つまではそうだったことを思い出し、あえて指摘しないことにした。ベルンハルトは黙っていた。気持ちの整理がつかなかった。せっかくドラグーンのパイロットに選抜されたというのに、本物の操縦席に座る前に死ぬなんて無論御免被りたかった。しかし、配属初日に味方を殺すなどという正気の沙汰とは思えない暴挙に即座に納得するのも簡単ではないように思えた。ベルンハルトは黙っていた。「死ぬ覚悟もないクセに殺したくないなんて。そういうのを偽善者っていうんだよ」気持ちの整理がつかなかった。 せっかくドラグーンのパイロットに選抜されたというのに、シミュレータでも、実証機でも、試作機でもない実機の操縦席に座る前に死ぬなど、無論、御免被りたかった。しかし、配属初日に本来味方であるはずの相手を殺さなければ自分が殺される、という獣の論理に即座に納得するのも簡単ではないように思えた。 「死ぬ覚悟もないクセに殺したくないなんて。そういうのを〝偽善者〟っていうんだよ」アロイスの問いかけに、彼の顔を見ずに答えるマクシミリアン。敵はともかく、こちらは平常時の装備であるため、予備の弾倉は各員ひとつずつしか持っていない。弾切れになった時点で投降するか、自殺行為と知りつつ素手で敵に飛び掛るしかない。アロイスの問いかけに、彼を見ずに答えるマクシミリアン。敵はともかく、こちらは平常時の装備であるため、予備の弾倉は各員ひとつずつしか持っていない。弾切れになった時点で投降するか、自殺行為と知りつつ素手で敵に飛び掛るしかないが、近接格闘術はもとよりパイロットの本領ではない。マーリオンも覚悟を決め、突撃を指示しようとしたその時、痺れを切らした敵側からこちらへ接近してくるのが見えた。こちらが軽装備でほとんど撃ち返してこないので弾切れと踏んだのかもしれない。最初はゆっくりだった足取りも、分隊長と思しき兵士の「ゴー! ゴー! ゴー!」という掛け声とともに速くなってきた。もう迷っている暇はない。マーリオンも覚悟を決め、突撃を指示しようとしたその時、痺れを切らした敵側から接近してくるのが見えた。マーリオン達が軽装備でほとんど撃ち返してこないため、弾切れと踏んだのかもしれない。最初はゆっくりだった足取りも、分隊長と思しき兵士の「ゴー! ゴー! ゴー!」という掛け声とともに速くなってきた。もう迷っている暇はない。次の瞬間、接近してくる兵士が何かを投げた。ベルンハルトは、重い金属音を立てて転がってきた丸い物体に目を丸くする。それが何なのかを直感的に理解し、ベルンハルトは通路に飛び出し、それを思い切り蹴飛ばした。金属の丸い物体、兵士が投げた手榴弾は、相手の足元で炸裂した。砕け散った金属の破片に身体中を引き裂かれ、悲鳴をあげる間もなく倒れる先頭の数人の兵士。後ろに続いていた兵士は倒れた兵士が盾になった格好になり、ほとんど手榴弾の破片を浴びなかった。次の瞬間、接近してくる兵士が何かを投げた。ベルンハルトは、重い金属音を立てて転がってきた丸い物体に目を丸くする。それが何なのかを直感的に理解したベルンハルトは通路に飛び出し、それを思い切り蹴飛ばした。金属の丸い物体、兵士が投げた手榴弾は床を滑り、相手の足元で炸裂した。砕け散った金属の破片に身体中を引き裂かれ、悲鳴をあげる間もなく倒れる先頭の数人の兵士。後ろに続いていた兵士は倒れた兵士が盾になった格好になり、ほとんど手榴弾の破片を浴びなかった。それを好機と見たマーリオン、アロイス、マクシミリアン、ユーリイの四人は、壁の影から飛び出し、残っている敵兵士に向かって自動拳銃を連発しながら吶喊した。手榴弾が爆発した際に放たれた煙の中、銃声の数と同じだけのおびただしい数の薬莢が床に跳ね返る音がそこかしこから響く。煙で視界を奪われた兵士は闇雲に引き金を引くが、マクシミリアンの接近を許し、次の瞬間には顎の下に銃口を突きつけられていた。それを好機と見たマーリオン、アロイス、マクシミリアン、ユーリイの四人は、壁の影から飛び出し、残っている敵兵士に向かって自動拳銃を連発しながら吶喊した。手榴弾が爆発した際に放たれた煙の中、銃声と同じだけのおびただしい数の薬莢が床に跳ね返る音がそこかしこから響く。煙で視界を奪われた兵士は闇雲に引き金を引くが、マクシミリアンの接近を許し、次の瞬間には顎の下に銃口を突きつけられていた。敵兵士の動揺をよそに躊躇なく引き金を引くマクシミリアン。短い発砲音とともに糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる兵士。他の兵士も同様に自動小銃を撃ちながらも倒れていく兵士達。敵兵士の動揺をよそに躊躇なく引き金を引くマクシミリアン。 短い発砲音とともに糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる兵士。 他の兵士も同様に自動小銃を撃ちながらも倒れていく。「ゲエエエエッ!!」「艦長! もう限界です! フォーマルハウトは戦艦クラスの主砲を搭載しています。艦載機も自動迎撃システムによっても迎撃は可能なはずです。どうか出港許可を!」「艦長! もう限界です! フォーマルハウトは戦艦クラスの主砲を搭載しています。敵艦載機も自動迎撃システムによっても迎撃は可能なはずです。どうか出港許可を!」再びヘッドセットを身に付けたシルビアはシャオを振り返る。シャオは、事ここに至って、伏せていた目をゆっくりと開くと手に持った湯呑みを膝の上に置き、数分間の沈黙を破った。再びヘッドセットを身に付けたシルビアはシャオを振り返る。シャオは、事ここに至り、伏せていた目をゆっくりと開くと手に持った湯呑みを膝の上に置き、数分間の沈黙を破った。一応出航許可とドックのハッチ開放の要請はしてみたものの、ボレアス内部が混乱しているためか、反乱を起こした兵士が通信を妨害しているためか、指令センターからの応答はまったくなかった。正規の手続きに従い、出航許可とドックのハッチ開放の要請はしてみたものの、ボレアス内部が混乱しているためか、反乱を起こした兵士が通信を妨害しているためか、指令センターからの応答はまったくなかった。「よろしい。一応聞いておかないと後で怒られちゃいますからね」「よろしい。一応訊いておかないと後で怒られちゃいますからね」「ドラグーン発進準備良いですか? 主砲用意。ドックのハッチを強制排除します。ハッチ排除後、ドラグーン緊急発進してください。ドラグーン射出後、フォーマルハウト出航します」「ドラグーン発進準備良いですか? 主砲用意。ドックのハッチを強制排除します。ハッチ排除後、ドラグーン緊急発進してください。ドラグーン射出完了後、フォーマルハウト出航します」ドラグーンを格納しているフォーマルハウト内ドラグーン専用格納庫。ドラグーンは降着用のランディング・ギアを展開しておらず、巨大なクレーンに吊るされるようにして格納されていた。天井にはクレーンが移動するためのモノレールのそれと似たようなレールが設置され、格納庫の外へと伸びている。ドラグーンを格納しているフォーマルハウト内専用格納庫。ドラグーンは降着用のランディング・ギアを展開しておらず、巨大なクレーンに吊るされるようにして格納されていた。天井にはクレーンが移動するためのモノレールのそれと似たようなレールが設置され、格納庫の外へと伸びている。ベルンハルトは初めてドラグーンを目の前にしていた。ベルンハルトは初めて本物のドラグーンを目の前にしていた。全長二十七メートルにも及ぶ鋼色に輝くその威容は、まさに巨大な龍を連想させた。白と青に塗り分けられた機体は、艶消しの灰色一色で塗られていた先行試作機とは輝きが違った。形も先行試作機とほぼ同じだったが、間に合わせの部品で作られていた部分は、武骨ではあるものの、より洗練されたデザインになっていた。また、先行試作機では感じなかった、触れれば切れる鋭利な刃物を思わせるような危険な雰囲気も醸し出していた。ハンターが狩人の機敏さを象徴するものであるとすれば、ドラグーンはまさに竜騎兵の力を象徴しているように見えた。全長二十七メートルにも及ぶ鋼色に輝くその威容は、まさに巨大な竜を連想させた。白と青に塗り分けられた機体は、艶消しの灰色一色で塗られていた先行試作機とは輝きが違った。形も先行試作機とほぼ同じだったが、間に合わせの部品で作られていた部分は、武骨ではあるものの、より洗練されたデザインになっていた。また、先行試作機では感じなかった、触れれば切れる鋭利な刃物を思わせるような危険な雰囲気も醸し出していた。ハンターが狩人の機敏さを象徴するものであるとすれば、ドラグーンはまさに竜騎兵の力を象徴しているように見えた。「まさか、銃が撃てないだけじゃなくて、ドラグーンにも乗れないなんて言わないよね?」「まさか、銃が撃てないだけじゃなくて、ドラグーンにも乗れないなんて、言わないよね?」てきぱきと指示をしてくる整備兵の声を聞きながら、ベルンハルトはコクピットの配置がシミュレータのそれと変わらないことを見て、当然と知りながらも安心した。てきぱきと指示をしてくる整備兵の声を聞きながら、ベルンハルトはコックピットの配置がシミュレータのそれと変わらないことを見て、当然と知りながらも安心した。ベルンハルトは、足元にあるブーツ状の機器に足を通す。この機器は、通常の航空機で機体を水平方向に旋回させるフットペダルと同じ機能を持つ。ベルンハルトは、足元にあるブーツ状の機器に足を通す。この機器は、通常の航空機で機体を水平方向に旋回させるフットペダルと同じ機能を持つ。宇宙を飛ぶ航宙機には尾翼ラダーはないが、機体各部のスラスター推力の左右のバランスを調節する。次に、操縦桿に腕を通し、両手を開いたり閉じたりして感触を確認する。ドラグーンの操縦桿は、通常の航空機や従来の航宙機のものと異なり、左右にひとつずつ、椅子で言うと肘掛けに腕を下ろした状態でちょうど手の位置に来るように配置されており、半分に切った球状をしている。その手前には腕を通して固定するガントレットがあり、その名の通り中世の板金鎧の肘まである篭手に近い形状をしている。それぞれの球状操縦桿には五本の指にそれぞれ対応するアナログ・スイッチが取り付けられており、それが火器のトリガーとなり、スロットルとなる。標準設定では右手がトリガー、左手がスロットルと電子機器操作に設定されているが、パイロットの任意で好きなようにスイッチの配分を定めることもできる。訓練中は、カスタマイズなど十年早いと教官に個別設定を禁止され、標準設定のままでも自在に操縦ができるまでしごきにしごかれた。次に、操縦桿に腕を通し、両手を開いたり閉じたりして感触を確認する。ドラグーンの操縦桿は、通常の航空機や従来の航宙機のものと異なり、左右にひとつずつ、椅子で言う肘掛けに腕を下ろした状態でちょうど手の位置に来るように配置されており、半球状をしている。その手前には腕を通して固定するガントレットがあり、その名の通り中世の板金鎧の肘まである篭手に近い形状をしている。それぞれの球状操縦桿には五本の指にそれぞれ対応するアナログ・スイッチが取り付けられており、それが火器のトリガーとなり、スロットルとなる。標準設定では右手がトリガーと武装選択、左手がスロットルと電子機器操作に設定されているが、パイロットの任意で好きなようにスイッチの配分を定めることもできる。訓練中は左利きなど特段の理由がない限り、カスタマイズなど十年早いと教官に個別設定を禁止され、標準設定のままでも自在に操縦ができるまでしごきにしごかれた。整備兵はそう言い残し、振り向きざまに短く崩れた敬礼を施すと、ドラグーンから離れる。ベルンハルトはコクピットから頷いてそれに応えた。整備兵はそう言い残し、振り向きざまに短く崩れた敬礼を施すと、ドラグーンから離れる。ベルンハルトはコックピットから頷いてそれに応えた。キャノピーが閉じられると、キャノピーの裏面全体に外の様子が投影される。全部で三面あるグラス・コックピット化された統合ディスプレイに次々と灯が入ってゆき、ドラグーンの頭脳が目を覚ましたことを告げる。パイロットから見て中央にあるディスプレイが作戦宙域をはじめとするもっともグローバルな情報を表示し、左のディスプレイはメイン・エンジンである核融合炉の出力をはじめとする機体の状態を表示する。右側のディスプレイは主に通信に使用され、レーザー通信の通話品質が良ければ映像も送りあうことができる。主幹表示器が故障した時のために備えられた補助計器もすべて正常に動作している。先行試作機に初めて乗った時も驚いたが、核融合炉の出力はハンターのカタログ・スペックとは桁が違っていた。キャノピーが閉じられると、その裏面全体に外の様子が投影される。全部で三面あるグラス・コックピット化された統合ディスプレイに次々と灯が入ってゆき、ドラグーンの頭脳が目を覚ましたことを告げる。パイロットから見て中央にあるディスプレイが作戦宙域をはじめとするもっともグローバルな情報を表示し、左のディスプレイはメイン・エンジンである核融合炉の出力をはじめとする機体の状態を表示する。右側のディスプレイは主に通信に使用され、レーザー通信の通話品質が良ければ映像も送りあうことができる。主幹表示器が故障した時のために備えられた補助計器もすべて正常に動作している。先行試作機に初めて乗った時も驚いたが、核融合炉の出力はハンターのカタログ・スペックとは桁が違っていた。最後に、キャノピーの全面に機体の姿勢やレーダーの情報を表示するヘッドアップ・ディスプレイが投影された。最後に、キャノピーの全面に機体の姿勢やレーダーの情報を表示するヘッドアップ・ディスプレイが投影された。これに速度や姿勢といった自機情報のほか、レーダーやIFFすなわち敵味方識別信号を総合して僚機と敵機を区別して表示する。自機以外の機体への距離や相対速度、追尾している優先目標なども表示されるため、交戦中に統合ディスプレイに視線を落とす必要はほとんどない。『生体認証完了。ベルンハルト・ヴァイス少尉ト認識シマシタ。初メマシテ、マスター。私ハ、F/A-26ドラグーンノボイス応答型AI技術支援アビオニクスMARIONデス』『生体認証完了。ベルンハルト・ヴァイス少尉ト認識シマシタ。初メマシテ、マスター。私ハ、F/A-26ドラグーンノボイス応答型AI技術支援アビオニクスMARIONデス』何の前触れもなくドラグーンが語りかけてきたので、ベルンハルトは不意をつかれてのけぞった。ドラグーンのアビオニクスは言葉を喋るとは聞いていたが、ここまで流暢に話すとは思っていなかった。シミュレータや先行試作機ではボイス応答機能はカットされていたため、ベルンハルトは今初めてMARIONシステムの声を聞いたのだった。何の前触れもなくドラグーンが語りかけてきたため、ベルンハルトは不意をつかれてのけぞった。ドラグーンのアビオニクスは言葉を喋るとは聞いていたが、ここまで流暢に話すとは思っていなかった。シミュレータや先行試作機ではボイス応答機能はカットされていたため、ベルンハルトは今初めてMARIONシステムの声を聞いた。MARIONシステムは、複雑なドラグーンの全機構を無駄なく完全に制御し、パイロットの生命を優先しつつ敵機を的確に撃墜することを支援する航宙管制及び火器管制システムを統合した総合アビオニクスである。五基の超小型スーパーコンピュータから成り、それらによる並列処理と、多数決処理を行う。それぞれのコンピュータは、一定の視点で演算結果を弾き出す性格設定がなされており、それら自身も無数の演算処理装置を持った非同期式超並列コンピュータである。光学カメラ、各種センサー、レーダー、武装の残弾・動作状況、核融合エンジンの出力・状態、パイロットの状態など機体各所から得られる無数の入力に対し、各コンピュータが性格設定に基づいてそれぞれの答えを導き、最後にそれを総合して最終的な解を導く。なお、?MARIONシステム?は略称であるとされているが、製造メーカーであるマクレイン・エアロスペース社は正式名称を明らかにしていない。MARIONシステムは、複雑なドラグーンの全機構を無駄なく完全に制御し、パイロットの生命を優先しつつ敵機を的確に撃墜することを支援する航法管制及び火器管制システムを統合した総合アビオニクスである。五基の超小型スーパーコンピュータから成り、それらによる並列処理と多数決処理を行う。それぞれのコンピュータは、一定の視点で演算結果を弾き出す性格設定がなされており、それら自身も無数の演算処理装置を持った非同期式超並列コンピュータである。光学カメラ、各種センサー、レーダー、武装の残弾・動作状況、核融合エンジンの出力・状態、パイロットの状態など機体各所から得られる無数の入力に対し、各コンピュータが性格に基づいてそれぞれの答えを導き、最後にそれらを総合して最終的な解を導く。なお、「MARION」は略称であるとされているが、製造者であるマクレイン・エアロスペース社は正式名称を明らかにしていない。ベルンハルトの心臓は先ほどからこれ以上にないほどに早鐘を打っていた。まだ喉の奥に残っている胃酸の匂いに違和感を感じながらも、操縦桿を握る手にじっとりと汗を感じる。ベルンハルトの心臓は先ほどからこれ以上にないほどに早鐘を打っていた。まだ喉の奥に残っている胃酸の匂いに不快感を覚えながらも、操縦桿を握る手にじっとりと汗を感じる。ドラグーンを吊るしたクレーンは、明るかった格納庫を出ると、まばらな照明があるだけの暗い通路へと進入し、急勾配の坂を登った後、エレベータのように垂直に移動し始める。時間にしてほんの二十秒ほどの移動だったが、ベルンハルトは、それまでの訓練のことを必死に思い出して、自分ならやれるはずだと、言い聞かせた。ドラグーンを吊るしたクレーンは、明るかった格納庫を出ると、まばらな照明があるだけの暗い通路へと進入し、急勾配の坂を登った後、エレベータのように垂直に移動し始める。時間にしてほんの二十秒ほどの移動だったが、ベルンハルトは、それまでの訓練のことを必死に思い出し、自分ならやれるはずだと、言い聞かせた。ベルンハルトが軽い衝撃を感じた後、彼のドラグーンはカタパルト射出位置に横に押し出されて固定された。ベルンハルトの鼓動がいよいよ速くなる。しかし、ベルンハルトが軽い衝撃を感じた後、横に押し出され、彼のドラグーンはカタパルト射出位置に固定された。ベルンハルトの鼓動がいよいよ速くなる。しかし、とのMARIONシステムの報告にベルンハルトは前方を見遣る。確かに、第四ドックのハッチが閉じていてこのままでは出撃できない。どうしたらいいのかMARIONシステムに尋ねようとした時、マーリオンから通信が入った。グラス・コックピットの右側のディスプレイの一部にマーリオンの顔が小さく写る。ヘルメットを被っていないので、彼女の髪は低重力のためになかなか下に流れず、顔にまとわりつくようにかかっている。とのMARIONシステムの報告にベルンハルトは前方を見遣る。確かに、第四ドックのハッチが閉じていてこのままでは出撃できない。どうしたらいいのかMARIONシステムに尋ねようとした時、マーリオンから通信が入った。グラス・コックピットの右側のディスプレイの一部にマーリオンの顔が小さく写る。ヘルメットを被っていないうえ、彼女の髪は低重力のためになかなか下に流れず、顔にまとわりつくようにかかっている。「ぐうっ……!」「ぐ……うっ……!」フォーマルハウトの艦載機管制通信士シルビア・コンウェイ上級軍曹から支援情報がもたらされる。ベルンハルトは首を巡らして、攻撃されているボレアスを初めて見た。第四ドック付近はひどく損傷しているが、それ以外の部分の損傷は軽微で、武装が損傷して使用できないとは到底思えない。航宙機発進用の長大な電磁カタパルトも無事だが、味方の航宙機が出撃した気配もない。そもそもボレアスが最初からほとんど反撃を試みていないことが伺えた。ボレアスからはまったくと言っていいほど組織的な反撃はしておらず、敵にいいようにされているような状態だった。フォーマルハウトの艦載機管制通信士シルビア・コンウェイ上級軍曹から支援情報がもたらされる。ベルンハルトは首を巡らし、攻撃されているボレアスを初めて見た。第四ドック付近はひどく損傷しているが、それ以外の部分の損傷は軽微で、武装が損傷して使用できないとは到底思えない。航宙機発進用の長大な電磁カタパルトも無事だが、味方の航宙機が出撃した気配もない。そもそもボレアスが最初からほとんど反撃を試みていないことが伺えた。ボレアスからはまったくと言っていいほど組織的な反撃はしておらず、敵にいいようにされているような状態だった。どんなに強力な武装を持っていたとしても、それを運用する兵士達が戦うことを放棄してしまっているのでは、いかに最強と謳われるボレアスと言えども宇宙に浮かぶ巨大な金属の塊に過ぎない。自分の力を誇示することさえしないその魔神の姿にベルンハルトは何かもの悲しい感情を抱いていた。先ほど、往還輸送機の窓から見たあの銀色の巨大要塞の威容は、もはや形だけでしかなかった。どんなに強力な武装を持っていたとしても、それを運用する兵士達が戦うことを放棄してしまっているのでは、いかに最強と謳われるボレアスといえども宇宙に浮かぶ巨大な金属の塊に過ぎない。自分の力を誇示することさえしないその魔神の姿にベルンハルトは何かもの悲しい感情を抱いていた。先ほど、往還輸送機の窓から見たあの銀色の巨大要塞の威容は、もはや形だけでしかなかった。『敵機機種判明。F-21ハンター』『敵機機種判明。F-21ハンター』F-21ハンターはドラグーンの前にGUSFの主力艦載機として活躍していた軽戦闘機である。機体の大きさの割には強力なエンジンを積んでおり、機動力に優れる機体だ。対艦攻撃や要塞攻撃をほとんど想定されていないためにそれほど強力な武装を積んでいない。F-21ハンターはドラグーンの前にGUSFの主力艦載機として活躍していた軽戦闘機である。機体の大きさの割には強力なエンジンを積んでおり、機動力に優れる機体だ。対艦攻撃や要塞攻撃をほとんど想定されていないためにそれほど強力な武装を積んでいない。照準の中央にハンターが入った。真っ赤な?ロックオン?の表示とともにそれを告げる電子音が響く。しかし、ベルンハルトは躊躇ったかのように、トリガーを押し込みかけた指の力を抜いてしまった。照準の中央にハンターが入った。真っ赤な〝ロックオン〟の表示とともにそれを告げる電子音が響く。しかし、ベルンハルトは躊躇ったかのように、トリガーを押し込みかけた指の力を抜いてしまった。ロックオンを示す真っ赤な照準を見つめてそう呟いたベルンハルトの目に、目の前のハンターがレーザーに撃ち抜かれて爆発、飛散する光景が写った。核融合炉に直撃したため、行き場をなくした膨大なエネルギーの塊が真っ白な光輪を広げたが、コンピュータ処理の防眩フィルターで光度を減殺されたその光はベルンハルトの目には花火の炸裂程度にしか見えなかった。ロックオンを示す真っ赤な照準を見つめてそう呟いたベルンハルトの目に、目の前のハンターがレーザーに撃ち抜かれて爆発、飛散する光景が写った。核融合炉に直撃したため、行き場をなくした膨大なエネルギーの塊が真っ白な光輪を広げたが、コンピュータ処理の防眩フィルターで減殺されたその光はベルンハルトの目には花火の炸裂程度にしか見えなかった。コンウェイ上級軍曹からのこの通信を聞いて、ベルンハルトは大きく溜息をついた。初めての実戦。ベルンハルトはこれからのことに一抹の不安を覚えていた。コンウェイ上級軍曹からのこの通信を聞き、ベルンハルトは大きく溜息をついた。初めての実戦。ベルンハルトはこれからのことに一抹の不安を覚えていた。まるでゲームの勝ち負けの話でもするようなアロイスにわずかばかり不快感を感じ、ベルンハルトは無意識のうちに彼を睨みつけていた。まるでゲームの勝ち負けの話でもするようなアロイスの物言いをわずかばかり不快に感じ、ベルンハルトは無意識のうちに彼を睨みつけていた。
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